前回のブログで地球の環境変動について触れました。
現在地球温暖化への危機管理が全世界的に叫ばれていますが、大自然の大きな循環・サイクルと人間の活動がもたらす影響とのせめぎ合いの結果が今後どの様な道筋を辿り、環境に負荷を掛けていくことになるのか、実はまだ不明なことが多いというのが実情です。
それは即ち、たとえ人間がいくら頑張っても、未だ大自然の猛威に全く歯が立たないのは自明ですし、ましてや未だ気候を部分的にでも人工的に改変できる様な技術はないどころか、単に明日の天気すら外れる事すらしばしばであり、未だ毎年エルニーニョやラニーニャに振り回されるばかりであるというのが現実です。
他方では、人間を含めた生物が環境に及ぼす影響には、我々が想像している以上に相当なインパクトがあるのも事実です。
酸素の無かった地球に、現在の様な大気中に20%強の酸素をもたらしたのは、20数億年前に登場した藍藻を始めとする生物の光合成の積重ねの賜物ですし、たとえそこまでの地球的規模ではなくとも、利根川の水路を改変して東京湾から銚子方面に流れるようにしたり、東京湾を埋め立てて銀座の地を誕生させたりしたのも、ほんの数百年前の江戸時代の事業です。
従って我々人間は、大自然を前にした自分達の非力さを認識すると共に、自分達が知らず知らずの内に自然環境にもたらし得る負の影響をも自覚して、人間のみならず生物全般が、今後も持続可能的に生存していける環境を維持していく責務を持つべきものと考えます。それが次の世代に向けた現役世代の最も大切な仕事でありましょう。
現在の国際情勢における、節度を失い己のエゴを剥き出しにした大国の利己的な行動を見るにつけても、狭小な範囲に囚われるばかりで、全体善を忘れてしまう人間の愚かさを改めて痛感します。
我々もたかがマンパワーされどマンパワーと考え、自分達の可能性と限界をわきまえて、謙虚にかつ己の可能性を信じ、未来に向かって行きたいものですね。


